「たった1°」が落とし穴|膝のわずかな伸展制限が歩行を変える
2026.07.10
深堀セラピストマガジンVol.2|「たった1°でしょ?」が落とし穴~膝のわずかな伸展制限が、歩行を変えていく~
齊藤さん、ちょっと相談いいですか。変形性膝関節症の患者さんで、膝の伸展が「あと1°で完全伸展」ってところまで来てるんです。もうほぼ伸びてるし、僕の中では“ほぼゴール”のつもりだったんですけど……なんか、しっくりこなくて。
おや、八柄くんが「しっくりこない」って顔してるときは、たいてい面白い回だ。(笑)
いいねぇ、その違和感。私なんか若い頃は「あと1°? 誤差、誤差」で送り出してたクチだよ。……で、その膝、何がひっかかってるの。
いや齊藤さん、その「誤差、誤差」で何十年もやってきた人が言うと重みが違うんですけど……。(苦笑)
ひっかかってるの、そこなんです。数字上は「あと1°」。でも患者さん、歩くとまだ不安定そうで。この1°、ほんとに“誤差”でいいのかなって。
うん、いい勘してる。じつはね、膝の伸展だけは“誤差”で流しちゃいけないんだ。理由は「量」じゃなくて「安定」の話だから。
膝は伸びきる手前で靭帯がキュッと締まって、はじめて受動的な安定(ligamentous stability)が出る。逆に言うと、あと1°伸びきってない膝は、その締まりを手に入れてない。八柄くんの患者さんは、安定を1枚欠いたまま立って歩いてる。だから“不安定そう”に見えるんだよ。
伸展を出す=安定を出す
膝関節は完全伸展位に近づくほど靭帯が締まり、受動的な安定性(ligamentous stability)が高まるとされる。伸展が最終域まで届かず軽度屈曲位で止まると、その安定機構が働ききらず、荷重時に関節面への接触圧が集中しやすく、動揺性も増えやすいと考えられている。「伸展制限=硬さの問題」だけでなく「安定性の問題」として捉えるのがポイント。
あー、安定の話、腑に落ちます。だから僕、そこはちゃんとやってるつもりなんです。後方の組織——ハムストリングスや腓腹筋の硬さを見て、緊張を落として、伸張して、最終域まで詰めにいく。教科書どおりの手順は踏んでるんですよ。
……なのに、この患者さんだけ手が止まるんです。後方をゆるめて、伸展の数字はちょっと良くなった。なのに、歩きがちっとも変わらない。むしろ「反対の膝が痛い」「腰が重い」って言い出して。
膝の伸展を追いかけてるはずなのに、なんで別のところが痛くなるんですか……? 基本の型どおりやってるのに、この人だけ当てはまらないんです。
ふむ。……八柄くん、ひとつ訊いていいか。きみ、その1°を「膝の中の話」としてずっと見てるだろう。硬さ、緊張、伸張——ぜんぶ膝の中。
じゃあ逆に訊くよ。片膝が1°伸びきらないと、その脚の“長さ”はどうなる?
……長さ。あ。伸びきらない分だけ、その脚が……短い。あ、あー。僕、脚の長さなんて一度も見てなかった。ずっと膝の中の角度ばっかり測ってました……。
そう。片膝が屈曲位で止まると、その脚は実質的に短くなる。でも人間、短い脚のまま立って歩くわけにいかないだろう。だから体は、なんとかして帳尻を合わせにいく。
反対の膝と股関節を曲げて高さを落とす。骨盤を傾ける。脊柱を側屈させて上体を立て直す。……ほら、負担が膝の外へ“配られて”いく。八柄くんの患者さんの「反対の膝が痛い」「腰が重い」は、その配られた先だよ。
完全伸展の手前で止まると、安定性の欠如・関節面への負担増・動揺性の増大が同時に走り出す。数字は「あと1°」でも、膝の中で起きていることは“少し”ではない。
……うわ、そういうことか。僕、ずっと「膝の中」だけで答えを探してたんだ。基本の型で解けなかったのは、そもそも土俵が「膝」じゃなくて「全身」だったからなんですね。
1°を膝の問題だと思ってたけど、あれ、全身に配られる問題だったのか……。基本どおりやっても歩きが変わらなかった理由、やっと線でつながりました。
片膝の伸展制限は、その脚を相対的に短くする。体は立位・歩行を保つため、反対下肢の屈曲→骨盤傾斜→脊柱側屈と代償を積み上げる。負担は膝だけにとどまらず、反対の膝・腰・他関節へ配られる。
※今週の登壇講師の配布資料(伸展制限とADL・脚長差の代償に関する記述)の趣旨をふまえ、当メディアで概念図化(新規作図)。原画の転載ではありません。
いい気づきだ。でもね、勘違いしないでほしいのは——きみの基本が間違ってたわけじゃない。後方の硬さを見て、緊張を落として、伸張する。あの手順は完璧だよ。
むしろ基本がちゃんと入ってるからこそ、外側に目を向けられるんだ。土台がない人は「膝の中」すら詰められない。八柄くんは膝の中をやりきったから、次に“膝の外”という新しい土俵が見えた。順番として、まったく正しい。
明日からの一手、決めました。「最終伸展を“数字”じゃなく“歩き”で確かめる」です。伸展の残りを詰めたら、そこで終わりにせず、その一歩で反対の膝や腰の使い方が変わったかを見る。膝の数字じゃなく、全身への“配られ方”を見にいきます。
あと、伸展制限を「膝の硬さ」で漠然と片づけないこと。硬さを疑うにも順番があって、まず見にいくべきは多関節筋——ハムストリングスや腓腹筋なんです。膝だけじゃなく股関節や足関節をまたぐぶん、十分な長さと伸張性を保ちにくい。だから伸展を邪魔しやすい“筆頭候補”になるんですね。
伸展制限を「膝の硬さ」で漠然と捉えず、まず多関節筋から疑うのがコツ。単関節筋はその関節を完全に伸ばせる長さ・伸張性を持つのに対し、多関節筋は複数の関節をまたぐぶん十分な長さ・伸張性を備えにくく、伸展を邪魔しやすい。膝の伸展制限では、まずハムストリングス(とくに内側)や腓腹筋が候補に挙がる。
出典:丹羽ら.臨床スポーツ医学.2005/高島ら.三豊総合病院雑誌.2013/黒坂ら.リハビリテーション医学.1992.上記の趣旨をふまえ、当メディアで概念図化(新規作図)。
きょうの視点(持ち帰り3つ)
- 伸展を出す=安定を出す:最後の数度は“詰め”ではなく、膝の安定性そのもの。
- 1°は全身に配られる:片膝の伸展制限は脚を短くし、反対下肢・骨盤・脊柱の代償を呼ぶ。基本で歩きが変わらないときは“膝の外”を見る。
- 数字でなく歩きで確かめる:伸展を取ったら、その一歩で反対の膝・腰の跳ね返りを見る。
うん、いい。……ところで八柄くん。冒頭で私が「若い頃は“誤差、誤差”で送り出してた」って言ったろう。あれね、当時そうやって卒業させた患者さんたち、なぜか後で反対の膝や腰を痛めて戻ってきてたんだよ。
今日やっと、その理由が分かったわ。……つまり私、20年越しで自分の宿題の答え合わせをしたことになる。長生きはするもんだねぇ。
(苦笑)その「答え合わせ」に20年かけたのは、さすがに患者さんを待たせすぎです……。でも、そのおかげで僕は同じ宿題を最短で解けそうです。齊藤さんの20年、しっかり借ります。
明日の臨床が、少しだけ遠くまで届きます。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
今日の記事が良かったという方は、スタンプを送ってもらえると嬉しいです。臨床のお悩みや相談はいつでもLINEに送って下さい!
企画 セラフォースタッフ 齊藤・八柄
テーマ:
CATEGORY
人気記事
テーマ
All for the therapist
全てはセラピストの成長と、たくさんの笑顔のために