THA術後の鼠径部痛と靴下動作。腸腰筋と頚部軸から介入を組み立てる
2026.10.09
深掘りセラピストマガジンVol.15|THA術後の鼠径部痛と靴下動作。腸腰筋と頚部軸から介入を組み立てる

八柄
齊藤さん、今日もよろしくお願いします。はじめに、10月6日(火)のLINEに答えてくださったみなさん、ありがとうございました。
聞いたのは「人工股関節(THA)の術後で、いちばん悩んでしまう場面は?」です。いちばん多かったのは「術後の痛みが残り、なかなか改善しない」で、65%でした。
術後の痛みが残って改善しない場面を選んだ方が65%と最も多く、脱臼への心配で練習を進められない場面が15%でした。

八柄
臨床の場面を詳しく共有してくださった方もいたので、二つ紹介させてください。
「DAA後の股関節屈曲時の鼠径部痛」
「靴下履きが困難」
一つ目は、痛みの中でも、股関節を曲げたときに鼠径部に疼痛が出る場面の話です。二つ目は、靴下というADLの場面の話です。
鼠径部の疼痛は、僕も何から出ているのかを特定できないまま可動域訓練を続けてしまいます。
靴下のほうは、脱臼が心配と答えてくださった方と同じで、僕も脱臼が怖くて深く曲げる練習に入れません。今日はこの二つを順に考えたいです。

齊藤
ありがとう。まず一つ目から考えよう。術後に、股関節を自動で深く屈曲すると鼠径部に疼痛が出る。読者のみなさんなら、どの仮説から立てるだろうか。八柄くんはどうしてる?

八柄
僕は、創部周囲の軟部組織の問題か、筋力低下で動作が安定しないせいだと考えていました。それで改善しないと、次に何を疑えばいいのかが分かりません。
入院中には無かった疼痛が退院後に出てくると、創部の問題が続いているのか、別の原因が加わったのかを判断できなくなります。

齊藤
私がまず疑うのは腸腰筋インピンジメントだね。
今日見ておきたい特徴は二つ。遅発性であることと、股関節の自動屈曲、たとえば車の乗り降りなんかで出やすいとされること。
カップの前方突出がある人は、手術の直後から曲げると痛むことが多い。遅れて出てくるほうは、突出の有無にかかわらず、腸腰筋の拘縮が関わるという見方がある。

右股関節を外側から見た模式図で、右が前方です。腸腰筋が骨盤の前を下りてカップの前縁の上を通り、後方の小転子へ向かう走行を見てください。
※当会セミナーの講義資料の記述と、講義資料に表記された文献(青木龍克, 整形外科と災害外科, 2019/Jasani V, J Bone Joint Surg Br, 2002)(講義資料の表記による・未照合)をもとに、当会で新たに作図しました

齊藤
腸腰筋が硬くなると、その深層で恥骨上枝の近くを通る大腿神経の関節枝が圧迫されて痛む、という説明もある。まだ仮説の段階だけどね。

八柄
腸腰筋かどうかは、どこで分かるんですか。鼠径部の疼痛という訴えだけでは、ほかの原因と区別がつきません。

齊藤
文面だけでは決められないけど、確かめることは三つある。一つは、検査で見る自動と他動の違いだね。
腸腰筋のほうは、自動屈曲で出る疼痛が特徴とされているから、自動で曲げたときと、他動で曲げたときを比べておく。それで決まりじゃないけど、手がかりにはなる。
抵抗をかけたSLRや、腸腰筋を伸ばす操作で痛みが再現されるかも見ておきたい。
あとの二つ、出始めた時期と場面は問診で聞く。
主治医へつなぐ徴候(下の赤い枠)を先に確かめ、当てはまらないときに上の3つを確かめます。当会が整理した確認項目で、原因を確定する検査ではありません。
※本文の内容を当会で整理しました(新規作図)

齊藤
腸腰筋が疑わしいなら、介入は腸腰筋の滑走性を見ていく。保存で落ち着く例は報告されているけど、この介入で治った、と言える報告ではない。
触れるときは、下前腸骨棘から恥骨上枝を撫でるようにたどって、表層だけでなく深層まで動かす。表層がいくら柔らかくなっても、深層が動かないと意味がない。スリングで下肢を振って動かす方法もある。
それと、この声はDAA後だったね。遅れて出る鼠径部痛を腸腰筋の拘縮と見る考え方は、進入法を限った話ではない。
だからDAAの後でも疑ってよい候補の一つだと思う。進入法で違うかまでは、私も言えないけど。
あと、これは先に言っておく。急に強くなった、安静時や夜にも続く、熱感や腫れがある。こういうときは腸腰筋の話より先に、主治医につないでほしい。

八柄
二つ目は靴下です。この声には進入法が書かれていません。脱臼が怖くて深く曲げる練習を避けているうちに、自助具で済ませたまま退院日が来ることがあります。

齊藤
怖いのは当然だね。進入法が分からないから、後で話す座位の方法は、後方進入の症例をもとにした一つの考え方として聞いてほしい。
その前に、脱臼がどう起きるかを確かめておこう。角度が限界を超えたら抜ける、と考えると、その手前の段階を飛ばしてしまうんだ。
まず、コンポーネント同士か、骨とコンポーネントがどこかで当たる。これがインピンジメント。次に、そこを支点にして骨頭が持ち上がる。最後に、骨頭がカップの縁を乗り越える。
今日考えるのは、この当たったところを支点にした「てこ」の機序。脱臼が全部これで起きるわけじゃないけどね。

人工関節を前から切った断面の模式図です。丸印が支点で、絵の上の骨頭の向きは実際の脱臼の方向を示していません。
※当会セミナーの講義資料の図(原図:Shon WY ら, J Arthroplasty, 2005=講義資料上の原図表記・原典未照合)と、講義資料に表記された文献(菅野伸彦, 関節外科, 33, 2014=原典未照合)をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)

齊藤
どこで当たりやすいかは進入法で違う。後方進入では屈曲+内転+内旋。前方進入では伸展+内転+外旋。屈曲と伸展、内旋と外旋が入れ替わって、内転はどちらにも入る。
術式を確かめないまま同じ指導をしていないか、ここは一度見直してほしい。

術側の右脚を、前やや右から見た図です。肢位は講義資料の図の例で、注意する範囲は術式や症例ごとに主治医に確かめます。
※当会セミナーの講義資料の図をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)

八柄
術式は確かめます。ただ、脱臼の要因の中で、僕たちが変えられるものは何なんでしょうか。カップの角度は手術で決まっていますし、僕が指導できるのは、禁忌の肢位を避けてもらうことくらいだと思っていました。

齊藤
そこは分けて考える。カップの角度やインプラントの選択は手術の要因で、医師の領域。私たちが関われるのは術後の要因、つまり軟部組織と動作のほうなんだ。
初回の脱臼は術後の早い時期に起きやすく、1年を過ぎると新しい脱臼は少なくなる、とされている。だから早い時期は特に、手術で展開した組織を守る動作の指導を丁寧にしたい。
上の2つの箱が担い手の分担、下が術後の時間軸です。時間軸の区切りは目安で、日数は示していません。
※当会セミナーの講義資料の記述と文献(Berry DJ ら, J Bone Joint Surg Am, 2005)をもとに、当会で作図しました
脱臼の仕組みから、画像で頚部軸を読み、ADL動作を組み立て直すまでを、代表症例の流れで学べる講座が10/17(土)にあります。 ▶ 講座の内容を見る

齊藤
後方進入で守りたいのは後方の軟部組織、深層外旋筋。屈曲・内転・内旋で外閉鎖筋が伸張される。
だから後方進入では、外転だけを見て安心しないで、内旋が入っていないかにも注意する。外旋位なら外旋筋を引き伸ばしにくいから、後方を守る助けになる。

右股関節の骨模型を後方から見た図と、大転子を上から見た図です。梨状筋と内閉鎖筋は共同腱となって大転子の前方へ、外閉鎖筋は大転子の後方へ向かいます。
※当会セミナーの講義資料の図(原図:Anatomy of piriformis, obturator internus and obturator externus: implications for the posterior surgical approach to the hip, J Bone Joint Surg Br=講義資料上の原図表記・原典未照合)をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)

八柄
内旋に注意して外旋位を保つ、までは分かりました。でも靴下を履くには、どうしても深く曲げます。曲げながら当たらない、という条件はあるんでしょうか。

齊藤
あるよ。大腿骨の頚部の向きを、カップの向きに合わせて動く、という考え方だね。カップに対して頚部が正面を向いていれば、縁に当たりにくい。
その向きを頚部軸と呼ぶ。カップの外方開角から外転の角度を、カップの前方開角と大腿骨の前捻角から内旋の角度を出す。
ここで大事なのは、頚部軸は画像から推定して、主治医に確かめるものだという点。私たちが自分で決めてよい値じゃないんだ。

上は右股関節を正面から、下は上から見た水平断の模式図です。角度は描いていない模式図で、カップの軸とネックの軸がそろう向き(外転・内旋)だけを示しています。
※当会セミナーの講義資料(p.16①)の図の考え方をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)。角度の例は省きました。下の注記は講義資料 p.16② の記載です。Widmer(J Arthroplasty, 19(3), 2004)は、単純X線からカップの前方開角を推定する方法の参考文献です

八柄
正直に言うと、術後の画像は脚長差を見るくらいで、カップの角度までは読んでいませんでした。それに、内旋の角度で表すとなると、さっきの後方で注意する肢位と重なって聞こえます。その角度を、靴下の動作にどうつなぐんですか。

齊藤
座位で行う。報告された後方進入の症例では、座位で外転・外旋の肢位を使っていた。ここでいう開排は、股関節を屈曲した座位で外転・外旋した肢位のこと。内旋のまま曲げる話じゃない。
脚を伸ばした肢位で出した角度を、そのまま座位の指示に置き換えるわけでもない。具体の肢位は、主治医に確かめて決める。
その開排の肢位を作って、手を脚に添わせて前屈して、起き上がる。靴下を履くときに足先へ手を伸ばす動きを、この肢位で練習する。深く曲げる練習は避けないで、当たりにくい向きで曲げる。

八柄
その前屈の範囲は、どう決めるんですか。痛みが出なければ、深くまで行ってよいのでしょうか。

齊藤
前屈は、術後の時期に応じて、主治医から許可された肢位・可動範囲の内で行う。痛みがなくても、その範囲を越えない。
注意点も言っておくね。痛みが出たら、その場でやめる。座位の前屈は、膝をつけて曲げない。座面が安定した椅子で、前に支えを置いて、見守りのもとで行う。
急な強い痛み、脚の長さや向きが急に変わった、体重をかけられない、これは脱臼などを疑ってすぐ医師へ。そして全体を、主治医や病棟看護師と合意したうえで、主治医の指示の下で行う。

術側を左脚とした例です。後方進入の症例から組まれた方法で、前方進入の患者さんにそのまま当てはまるとは限りません。
※当会セミナーの講義資料の写真の動作をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)

八柄
開排が出ない患者さんもいます。曲げて外に開こうとすると、股関節の外側が張って止まります。頚部軸の肢位を作ろうとしても、そこまで開けない。この場合は何を見ればいいですか。

齊藤
開排を制限する筋としては、小殿筋が挙げられている。開排位で小殿筋が伸張されるから。
だから頚部軸の肢位を作る前に、小殿筋の柔軟性を確かめておく。大転子の触診から入ると、小殿筋の位置が取りやすいんだ。

右股関節を外側から見た模式図で、右が前方です。色は線維の前後の位置を分けたもので、伸張の程度の違いは表していません。原論文の実験結果を再現した図ではありません。
※当会セミナーの講義資料の図(原図:Beck M ら, J Bone Joint Surg Br, 82-B:358-63, 2000=講義資料上の原図表記・原典未照合)をもとに、当会で新たに作図しました(リメイク)

八柄
- 深く曲げたときの鼠径部痛は、自動と他動の違い・出始めた時期・場面を確かめ、腸腰筋インピンジメントを疑う手がかりにする
- 当たったところを支点にした「てこ」の機序で脱臼が起きることがある。危険な肢位は進入法で変わるから、術式を先に確かめる
- 後方進入では、外転だけで安心せず、内旋が入っていないかを見る
- 後方進入の症例では、主治医に確かめた頚部軸の向きで座位の前屈につなぐ方法が示されている。開排が出ないときは小殿筋を見る

齊藤
今日は腸腰筋と頚部の向きという一つの見方から考えた。筋力強化や患者教育など、術式・時期・目標で選ぶ運動療法はほかにもある。
きょうの視点
- 鼠径部痛で、自動と他動の差・出始めた時期・場面を確かめたか
- 進入法を確かめたか。後方進入なら、頚部軸を主治医に確かめてから座位の前屈に入っているか

齊藤
今日の要点は1つ。脱臼が怖くて曲げられないときは、術式・主治医の制限・画像を確かめる。
頚部軸を読む手順や介入の実際は、最後の講座のプログラムにあるから、ぜひ見てほしい。

八柄
ありがとうございました。明日からは、鼠径部痛で腸腰筋を疑うことと、術式と許可された範囲を確かめることから始めます。
齊藤
八柄
【脱臼を防ぎ、ADLを取り戻す】極める!THA術後に対する理学療法〜機能解剖学に基づく脱臼予防と運動機能再建の実際〜
この記事の先、画像から頚部軸を読み、脱臼を避けながらADL動作を組み立て直すところまでを、この講座で順を追って学べます。
この講座で学ぶこと
✅ 変形性股関節症の画像評価と、脱臼のメカニズムを機能解剖から学ぶ
✅ 単純X線から外方開角・前方開角・前捻角を読み、頚部軸を推定する方法を学ぶ
✅ 脱臼抵抗性を担う深層外旋筋・小殿筋・腸腰筋へ、リスクに配慮して介入する考え方を学ぶ
✅ 頚部軸回旋運動によるADL動作の再建を、代表症例の流れで学ぶ
受講者の声
(PT・2年目)「腸腰筋インピンジメントの考え方や頚部の軸回旋を設定する具体的な方法など、臨床に直結した内容が学べた。」
(OT・16年目)「頚部の軸回旋を設定する具体的な方法が学べ、脱臼に対しての理解も深まった。」
講師の小野志操先生は、2022年の当会のアンケート調査で「講師として読んで欲しいランキング」第一位になった講師です。
本号の背景にある文献
- Shon WY, et al. Impingement in total hip arthroplasty: a study of retrieved acetabular components. J Arthroplasty. 2005;20(4):427-435. PMID: 16124957.(回収したカップの調査。インピンジメントの痕と脱臼の関連=靴下・脱臼予防の話)
- Berry DJ, et al. Effect of femoral head diameter and operative approach on risk of dislocation after primary total hip arthroplasty. J Bone Joint Surg Am. 2005;87(11):2456-2463. PMID: 16264121.(初回脱臼の累積率を、骨頭径と進入法ごとに調べた=靴下・脱臼予防の話)
- Chalmers BP, et al. Iliopsoas impingement after primary total hip arthroplasty: operative and nonoperative treatment outcomes. J Bone Joint Surg Am. 2017;99(7):557-564. PMID: 28375888.(腸腰筋インピンジメントの治療成績。主訴は持続する鼠径部痛で、保存療法で症状が消えた例がある=鼠径部痛の話)
- Lachiewicz PF, Kauk JR. Anterior iliopsoas impingement and tendinitis after total hip arthroplasty. J Am Acad Orthop Surg. 2009;17(6):337-344. PMID: 19474443.(総説。保存療法で落ち着かない例もあり、画像と診断的注射で確定する=鼠径部痛の話)
- Widmer KH. A simplified method to determine acetabular cup anteversion from plain radiographs. J Arthroplasty. 2004;19(3):387-390. PMID: 15067657.(単純X線から、カップの前方開角を推定する方法=靴下・脱臼予防の話)
本号は、当会セミナー(小野志操先生「THA術後の理学療法」2025年9月)の配布資料の内容をふまえて構成しました。腸腰筋インピンジメントの特徴、頚部軸の考え方、小殿筋と開排の関係は、同資料の記載にもとづきます。
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企画 セラフォースタッフ 齊藤・八柄
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